さよなら絵梨』の最新刊・次巻発売日・全巻情報まとめ

この作品について

中学生の優太は、病床の母親の「最期を撮ってほしい」という願いを受け、スマホで日常を記録し続けた。母の死後、完成した映像を上映するが、クラスメイトからは「ラストが最悪」と酷評される。絶望した優太が廃墟の病院で自殺を図ろうとしたとき、謎の少女・絵梨が現れ、「もう一本、映画を撮ろう」と提案する。絵梨を主演に、二人は新たな映画制作に取りかかるのだが……。

藤本タツキの読切作品である本作は、『チェンソーマン』で培われた映像的な演出力を、メタフィクションの構造へと昇華させた傑作だ。映画という「嘘」を通じて描かれる喪失と再生の物語は、読者の予想を何度も裏切りながら、最後には圧倒的な感動へと結実する。特筆すべきは、コマ割りそのものが映画のカット割りとして機能する構成の巧みさです。優太が撮る映像と、読者が読む漫画のコマが重なり合い、虚構と現実の境界が溶解していく。この入れ子構造の中で、何が「本当」で何が「嘘」なのかという問いが反復され、物語は予測不能な展開を続ける。爆発シーンの連続性、カメラを向けられた人物の表情の変化、そして終盤に明かされる真実の積み重ね方——すべてが映画的文法に則りながら、漫画でしか表現できない領域へ踏み込んでいます。

全200ページの読切で、これほどまでに構造的な完成度と感情的なカタルシスを両立させた作品は稀有です。最後のコマまで読み終えたとき、あなたは間違いなくもう一度最初から読み返したくなるでしょう。

まだ読んでいないあなたへ

読み終わった瞬間、もう一度最初のページを開き直してしまう。

藤本タツキの読み切り「さよなら絵梨」は、たった200ページで映画と現実の境界線を完璧に破壊してくるんです。主人公の少年が撮り続けたスマホ動画。そこに映るのは、母の最期を記録したドキュメンタリーなのか、それとも別の何かなのか。読んでいる「今」も、もしかしたら誰かのカメラの中なんじゃないか、そう思わせる仕掛けが全編に張り巡らされています。

何が本当で何が嘘なのか。答えを探しながらページをめくるうちに、気づくんです。この作品が問いかけているのは真実の正体じゃなくて、もっと残酷で優しい何かなんだって。大切な人を失うとき、人はどうやってその記憶と向き合えばいいのか。美しく残すことは冒涜なのか、救いなのか。

中盤のある展開で、それまで積み上げてきた前提が一気に揺らぎます。でもそこから先、作品は加速するんです。ラスト20ページの畳みかけは、映画を撮ることの意味、誰かを愛することの形、そして「さよなら」の本当の意味を、一気に叩きつけてくる。

読後、確実にもう一周したくなります。いや、せずにはいられない。一度目と二度目で、同じコマが全く違って見えるんです。この構造自体が、作品のテーマそのものになっている。こんな漫画、他にないです。

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